| ■ちよだの想い出 |
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こちらがご存じの「ちよだ本店」です。 こうやって見ると懐かしいですね。毎週ここに通っていたんだよなぁ。そういえば私、ちよだに行っていた時は病気ひとつしませんでしたね。「休んじゃいかん!」と気を張っていたのは確かですが、好きなラーメン作っていられたから精神的に楽だったのかも知れません。あと、ある意味この店の社長とは気が合っていたのかも知れません。共感する部分はたくさん有りましたから。 |
| 私、この写真見ただけで今でも味が解ります(って当たり前か、作っていたんだから)。メンマの味、チャーシューの味、スープや麺の味、このラーメンの全てが食べなくても解ります。 別に私は、「それだから偉い」とかそういう話をしているんじゃないんですね。その店に入ってその店のラーメンを作る以上、その店の味を解っていなければ作れないという話です。いや、単に私がたくさん食べたという話かな?(爆)ある意味、私はちよだのラーメンの味を本当の意味で解っていたと自負しています。何せあれだけ食べていたのですから。 |
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私がちよだという店を見付けたのは、ちよだが開店した当日でした。何も知らずに店の前の道を通り、「あれ?ラーメン店がオープンしている!」と見付けて入ったのがちよだとの出会い。店内に入った瞬間「あ、この匂いは煮干…永福町系かな?」と思って、何故かチャーシューメンを注文(爆)そのチャーシューは足の裏みたいな大きな物で、メチャメチャぴっくりしました。 この店の社長が何でラーメン屋をやったかという理由は方々に載っていますから省略するとして、私が身近に居て感じた事を書きます。小規模店の店主って、大体が細かい計算をしているものですよね。有る素材をいかに無駄にしないで利益にするかと。ですが、利益追求は当然としても、お金の計算ばかりが全面に出てしまうと、お客としても従業員としても嫌気がさして来るんです。 開店前に、ちゃんと一人前ラーメンを作って試食します。これはその日のかえしとスープのバランスを見る為。半分作るなんていうケチな事はしません。何かの試作の時もそうです。一人前作って食べ、ダメだったらすぐ捨てる。何回も何回もそれを繰り返します。社長は食べ歩きが好きですから、自分が客としてどうされたら嬉しいかという事を常に考えているんだと思いますね。 トッピング関係は、どの店も予め切ったりして用意しておきます。これはオペレーションの関係で仕方のない事ですね。小さな店では出来る事でも、規模が大きくなればなる程、切り置きが主体となります。そのトッピング類、ちょっと味が変わったらすぐ捨ててしまいます。夏場はネギなんかすぐ乾いてしまって味が変わりますよね。そういうものは「お客さんにこんな物を出しちゃダメだ」と言って処分します。もう、とにかく社長は太っ腹なんです(というか、私もそれが当たり前だと思っているんですけどね。もしも捨てたくないというならば、何か工夫すれば良いのですから。乾いて臭いが出てしまったネギをそのまんまトッピングするなんて私には出来ません)。 開店してから、社長は新メニューをどんどん作りました。「メニューが少なければお客さんが飽きてしまう」という理由からです。多分社長がそういう考え方なのでしょう。自分がお客になった時に、メニューが多いと嬉しいんでしょうね。「家庭料理でもね、いくら美味しい物だって毎日食べれば飽きるだろう?」と社長は言います。そのメニューが美味しいか不味いかは個人の好みですから別の話として、選択幅が多いというのはお客として嬉しいじゃないですか。「次回は○○○○食べてみよう」という「次回」が有る。これは客側にとっても店側にとっても悪くないです。 ある日の閉店間際、常連客だけが居た時に「今日はこれで終わりにしてチャーハン大会やろうか」と社長が言い出したんです。一人一人がチャーハンを作って、それをみんなで味見しようと。これは本当に面白かった。普段中華鍋なんか持った事も無い人まで作りますから、鍋を振っているうちにご飯が半分くらい外に出てしまったりするんです。出来上がったのは半チャーハン(笑) そうこうしているうちに二号店の話が出てきました。今まで敢えてここの話はしないようにと思って来ましたが、そろそろ良い頃だと思いますので。 |
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こちらが「ちよだ印西店」。 私は開店前からこちらに関わっていました。 もしもこの店がもっと違う場所(店を開店するにあたって良い場所)に有ったなら…と考えると悔やまれます。 スタッフの息は良かったと思います。特別ギクシャクした部分も無く、当初のスタッフは本当に良い人ばかりでした。 |
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私はこの店で、「同じ物は二度と出さない」というコンセプトで日曜限定メニューを担当させてもらいました。この店にお客さんを定着させる為、私に何が出来るかを考えた時に、これしかないと思ったからです。 写真は「蒸し地鶏の胡麻つけ麺」です。初回としては手応えが有り、たくさんの方に食べて頂きました。蒸すのに時間がかかってお待ち頂いたりしましたが、皆さん辛抱強く待って頂き、本当に有り難かったです。この蒸し方は中華の基本系ですが、本当に美味しいんですよ(^^) |
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限定に関してですが、社長は二つ返事でした。何を出すのか解らない状態で私に任せると言って頂いたんです。こんな事、この社長以外、いったい誰が出来るのでしょうか。そういえば社長の口癖に「私はね、楽しい事はどんどんやっちゃうから」というのも有りました。 写真は「あえそば」です。麺と胡麻味の肉味噌を和えて有ります。この器、はるちゃんに急遽買って来てもらったんだっけ。懐かしいなぁ。あえそば第一弾は、こういうものだったんですよ、takさん(笑) |
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これは前回のあえそばの肉味噌をアレンジした「中華そぼろ丼」。スタッフも私もこの丼は好きで、たまにスタッフには作ってあげていました(勿論私の自腹ですよ)。お客様にも好評でしたね。甜麺醤と豆板醤の旨味が良く出ていると、自画自賛するほど美味しい出来栄えでした(自分で言うなよ)。 味見は必ずスタッフにしてもらっていました。私自身、毎週何を作ろうかとそればかり考えていて、毎日寝不足していました(笑) |
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基本的には、ちよだの味を変えないような物を作っていましたので、トッピングが主体になっていました。これらのつけ麺の中で私のお気に入りは「とろろおろしつけ麺」です。鬼おろしととろろを混ぜた物を使用し、ちよだの和風スープにマッチしていたと思います。最後にご飯を入れて食べるのは「桜井流(常連さんです)」。 |
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そしてこれが鴨つけ麺の試作段階の写真。鴨つけ麺とはChiba Walker夏の陣の限定で作ったものです。実はこの時「私なんかに出来るのか」という不安が有って社長に話をした所、「面白いからやってみればいい」と言って下さり、これも私に任せると即答。こんな社長、どこ探したって居ませんでしょ? 実際はここに夏みかんを飾り、麺には夏みかんを搾って提供しました(麺の乾きを改善する為)。名前は「静涼柑鴨つけ麺」です。静かなる涼しさを柑橘系で表現したものでした。 |
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裏話を少ししますと、この限定は麺を全店統一して作るという事で、麺を仕入れる1ロッドがかなり多めだったんですね。そして今回は鴨も用意しなければなりませんでしたので、日曜は20食限定という事でしたが、平日は少量限定にしたんです。でないと最終的に麺が余る事になり、お店にとってマイナスです。「何でそれだけしか出さないのか」という声が本店から有ったようですが、お店の事を考えると精一杯だったんです(社長は理解してくれていました)。来て頂いたお客様にはなるべく出すようにしていましたが、1日の食材が切れてお断りしてしまったお客様には、申し訳無かったと思ってます。 鴨を食べて頂くというよりは、鴨と葱の味が出たスープで麺を味わって頂く方向性でしたので、鴨が少々硬いという課題が残りましたが、お客様のお声を聞く限りは好評だったようです。来る度に毎回食べて頂けるお客様も居ました。「勿体ないなぁ。これを本店でやったら大変な事になるよ」とはるちゃんは言っていました。そうですね、私も本店で限定やりたかったなぁ…。 |
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写真は鴨のロースト(スタッフのまかないです)。 その他、イタリアン風あえそばも作成しました。限定はずっと続けるつもりでしたから、私は自分のレシピをノートに書き、その量は数十食分有りましたね。この時期はこの事ばかり考えていましたから。とにかく店を繁盛させる事しか頭に有りませんでした。試作する時に、その作り方をスタッフに教えたりもしていました。試作しておいて出せなかったものはたくさん有りました。 |
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そして私は、夏の陣が終わるのと同時にはるちゃんと一緒に辞める事になります。詳しくは言いませんが、第三者が介入して嘘の話を流されたとだけ言っておきます。実際あれから「どうして辞めたのですか」という心配を多方面からして頂いたのですが、当時は答えませんでした。今だから言える話ですが、私と社長の間には何も有りません。特別意見の違いは有りませんでしたし、前述の通りに共感出来る部分がたくさん有りました。第三者の介入によって色々な誤解が有ったようですが、もしもそれが無ければ、私は今でもちよだの厨房に居ると思います。 そうだ。私が辞めるちょっと前に、スタッフ全員で新作ラーメンを作ろうという話も有りました。それが完成したら社長に食べてもらおうと、調理スタッフ全員でレシピを作っていたんです。あれが完成したら面白い事になっていましたね。それも実現出来なくて残念でした(もしも社長に食べてもらったら、「よし、これを出そう」と気持ちよく言ってもらえたと思いますね。スケールの大きい人ですから)。 とにかく自分なりに精一杯やりました。色々な所で店の宣伝もしました。自分なりに一生懸命やったので、今は何の悔いも有りません。あの時は色々と考えたのでしょうけど、私がはな乃を開店した時に社長は手土産を買って顔を出してくれました(ちよだの社長はそういう人です)。 想い出って不思議です。それは勿論辛い事も有りましたけど、今では良い事しか想い出されません。 |